| 若嶋津 六夫(わかしまづ むつお、1957年〈昭和32年〉1月12日 - 2026年〈令和8年〉3月15日)は、鹿児島県熊毛郡中種子町(種子島)出身で二子山部屋に所属した大相撲力士。最高位は東大関。身長188 cm、体重125 kg。本名は日高 六男(ひだか むつお)。 妻は同じ鹿児島県出身で元… 42キロバイト (6,238 語) - 2026年3月16日 (月) 04:50 |
元大関・若嶋津六夫さんは、その俊敏な動きと鋭い取り口から「南海の黒ひょう」と呼ばれ、多くの相撲ファンに強い印象を残した力士だった。鹿児島県出身の若嶋津は、恵まれた体格だけに頼らないスピードと技の切れ味を武器に、1980年代の大相撲を支えた存在の一人である。当時の大相撲は横綱千代の富士を中心に黄金時代を迎えており、その中で大関として土俵を盛り上げた若嶋津の存在は非常に大きかった。
現役引退後は年寄・二所ノ関として後進の育成にも力を注ぎ、相撲界の発展に尽力した。親方として若手力士の指導にあたりながら、長年にわたり相撲協会の活動にも関わり、相撲文化の継承に貢献した姿は多くの関係者から高く評価されている。
今回の訃報を受け、SNSや相撲ファンの間では「華麗な相撲を忘れない」「あのスピード感のある取り口が好きだった」といった声も見られ、改めてその人気と影響力の大きさがうかがえる。昭和から平成にかけての大相撲を彩った名力士の一人として、若嶋津六夫さんの功績はこれからも語り継がれていくだろう。
【元大関・若嶋津六夫さん死去、69歳 「南海の黒ひょう」と呼ばれた名力士の功績と相撲界への貢献を振り返る】の続きを読む


