| 【新日本】“猛牛”天山広吉が引退を表明「葛藤あった」小島聡との「テンコジ」でも一世を風靡 新日本プロレスの“猛牛”として暴れ回り、小島聡とのタッグ「テンコジ」でも一世を風靡(ふうび)した天山広吉(55)が11日、今年8月15日に行われる… (出典:日刊スポーツ) |
| 天山 広吉(てんざん ひろよし、1971年3月23日 - )は、日本の男性プロレスラー。京都府京都市出身。新日本プロレス所属。血液型O型。本名および旧リングネームは山本 広吉(やまもと ひろよし)。 京都市立北野中学校、京都府立山城高等学校卒業、学生時代はボディビルとバスケットボールに打ち込み、新… 71キロバイト (10,073 語) - 2026年5月11日 (月) 08:05 |
新日本プロレスで“猛牛”の愛称として長年親しまれてきた天山広吉が、2026年8月15日の両国国技館大会を最後に現役を引退することを発表した。力強いファイトスタイルと豪快なモンゴリアンチョップで多くのファンを魅了してきた天山の決断に、プロレス界から惜別の声が広がっている。
天山は1990年代から2000年代にかけて、新日本プロレスの“第三世代”を代表するレスラーとして活躍。中西学、永田裕志、小島聡らとともに団体を支え、数々の名勝負を生み出してきた。
中でも、多くのファンの記憶に残っているのが小島聡とのタッグチーム「テンコジ」だろう。熱い友情と息の合った連携で人気を集め、IWGPタッグ王座戦線でも大きな存在感を放っていた。リング上で激しくぶつかり合いながらも、互いを信頼し続ける姿勢は、多くのファンに“理想のタッグ”として愛されてきた。
今回の引退発表を受け、SNSでは「ついにこの日が来てしまった」「テンコジは永遠」「泥臭くて熱いプロレスが好きだった」など、感謝と惜別のコメントが相次いでいる。派手さだけではなく、どこか人間味のあるファイトスタイルが天山最大の魅力だったと感じるファンも多いようだ。
近年はケガとの闘いも続いていたが、それでも最後までリングに立ち続けた姿勢に心を打たれたという声も少なくない。華やかなスター性だけではなく、“不器用でも全力で闘う姿”こそが天山広吉というレスラーの大きな魅力だったのかもしれない。
また、現在の新日本プロレスを語る上でも、第三世代の存在は欠かせない。団体が苦しい時代を支え続けたレスラーたちの積み重ねがあったからこそ、今の人気につながっているという見方も多い。その中で天山は、常にファンの期待に応え続けた存在だった。
両国で行われる引退試合には、長年のファンだけでなく、近年プロレスを見始めた若い世代からも大きな注目が集まりそうだ。“猛牛”天山広吉が最後に見せる闘いに、多くのファンが熱い視線を送っている。
[2026年5月11日16時33分]
https://www.nikkansports.com/battle/news/202605110000954.html
新日本プロレスの“猛牛”として暴れ回り、小島聡とのタッグ「テンコジ」でも一世を風靡(ふうび)した天山広吉(55)が11日、今年8月15日に行われる両国国技館大会での引退試合を最後にリングを去ることを表明した。引退後も新日本プロレスに所属しながら芸能活動などをしていくという。
天山は1991年に本名の山本広吉として松田納戦でデビュー。欧州への武者修行を経て、1995年に凱旋帰国すると「天山広吉」へと改名。蝶野正洋と結託し、ヒールユニット「狼群団」、そしてプロレス界を席巻した「nWoジャパン」「TEAM 2000」へと合流。荒々しいファイトスタイルの中にも確かな技術を持ち合わせ、トップレスラーとしての階段を猛スピードで駆け上がった。
天山を語る上で欠かせないのが「G1 CLIMAX」での圧倒的な勝負強さ。過酷な真夏のリーグ戦において、2003年、2004年、2006年と3度の優勝を達成。2003年には悲願だったIWGPヘビー級王座も初戴冠。通算でも4度、同王座を獲得した。
ムーンサルト・プレス、TTD(天山・ツームストーン・ドライバー)、そしてアナコンダバイス。必殺技の一つ一つに説得力があり、対戦相手をねじ伏せる姿はまさに猛牛だった。






